2013年07月31日

にゅうはくしょく、みずいろ − 乳白色、水色

koishi2.JPG


かすかな黄みの白、清らかな水の色


庭づくりを極めると
石にいきつくらしい。
たしか、父から聞いた気がします。

もしかしたら、禅の美を極めたものとされる
龍安寺の石庭と結びつけて
父が言ったことだったかもしれませんが。

華やいだ花でも
造形的な池でもなく
あるがままの石こそ味わい深い気がして
妙に納得した覚えがあります。

和菓子にも花あり、籠あり、団扇あり。
かたどったものはさまざまありますが
「小石」を見つけたのは、初めてでした。

上から見ると、白っぽい小石そのものなのですが
少し視線を下げると
浅瀬にひたひたと浸かっているような水色も。

情景が広がるお菓子は
和三盆と切りごまで仕上げられたもの。

なんとも趣のある姿のため、口に運べず
しばらく置いて観賞することに。
今日は主菓子だけで我慢です。




【白、水色】
乳のように、わずかに黄みを帯びた白色。白に完
全な白はなく、わずかに黄みや青みをふくんでい
ます。それが黄みに傾くと、乳白色や薄香色に。
青みに傾くと、瓶覗(かめのぞき)になります。水
色は、その名の通り、水のような色を表す淡く澄
んだ緑みの青。瓶覗より、すこし濃いめの色です。









posted by mikk at 23:27| Comment(0) | 文月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月31日

ふかみどり − 深緑

tamamokan.JPG


生命力をたたえた濃い緑色


静かなお菓子です。
ひっそりとした深い森を思わせるような。

といっても、菓銘は「玉藻羹」。
湖底にたゆたう藻を表わしているのでしょう。

何年も前から和菓子店の店先で
目の端に映りはしても
なかなか求める気にならなかったのは
抹茶と小豆の二層の水ようかん
だとばかり思っていたからです。

それがまったく予想していなかった
甘味が織りなす甘美なお菓子でした。

香りと苦みのきいた抹茶の下には
さっぱりしたほうじ茶羹のようにも感じる
波照間産の黒糖をつかった黒糖羹。
そして奥底には
とろんとしたこし餡が隠れていました。

見ための静けさと
饒舌な味わい。

忘れられない味をもう一度と
後日行ってみると、その日は完売。
ああ残念と思いながら
定禅寺通りのケヤキ並木を見上げると
いつの間にか葉色は、もう深緑。
ほんとうに和菓子の奥深さを再認識した
夏の夕暮れでした。




【深緑】
「こきみどり」ともいう濃く深い緑色のこと。『源氏物語』
に登場し、現在までそのままの色名で伝わる、身近な
色です。似た色に、黄みをおびた「常磐緑」、くすんだ
黄緑の「松葉色」、青と黄の中間にあたる「緑色」など
があります。天然のひと色で染めることができない緑
は、青と黄を染め重ねることによって表わされました。








posted by mikk at 22:16| Comment(0) | 文月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月29日

たちばなのかさね − 橘のかさね

himawari.JPG


みかんのような橘の実を表す、かさねの色目


このところの気温差のせいか
夏カゼをひいてしまいました。

せきと、微熱で、
めずらしく食欲もなく
ふだんなら軽くたいらげてしまうお菓子も
半分ずつ、しおらしくいただいています。

といっても、この「日向葵(ひまわり)」も
ちゃんといただいているわけですが。

さっぱりした味を求めているせいか
この色から思い浮かべるのは
やっぱり、みかん。

わらしべ長者にでてくる人のように
みかんで、のどの渇きを潤したくなってきます。

ひまわりの花が元気な空気をくれると
わかってはいても、
みかんが消化に悪いとわかっていても
今は、みかんの心境なのでした。




【橘】
コウジミカンの古名である橘。その実を表した、濃朽
葉と黄による、かさねの色目です。似た色目に「花橘」
もあり、こちらは朽葉と青(緑)のかさね。花橘を身に
つけるのは、花の咲く前の五月。不思議なのは、この
橘の実は秋なのに、夏の色目になっていることです。
季節の移ろいが、今より早かったということでしょうか。








posted by mikk at 19:39| Comment(0) | 文月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月28日

きはだいろ − 黄檗色

tanabata.JPG


古代より伝わる鮮やかな黄色


七月も半ばを過ぎると
仙台の小さな店でも七夕飾りを
手づくりしはじめます。

それは、通りにたなびく大きな飾りではなく
店先を彩る、かわいらしいもの。

薄紙を幾重にもかさねて折りたたみ
広げた花を丸い竹かごにつけると、くす玉に。
吹き流しをつければ、できあがりです。

仙台の藤崎百貨店には
今年は、白い七夕飾りが、すでにお目見え。
地域の河北新報社には
七夕飾りにするための折り鶴が集まっているといいます。

お菓子の「七夕」にも、吹き流しが揺れています。
この星の部分が、黄檗色。

まばゆいほどの色が
きらきらとした希望の光のようにも見えてきます。

人と人をつなぐのも
哀しみを昇華させるのも、まつり。
ひとりでも多くの方に見ていただきたい
仙台七夕まつりです。




【黄檗色】
ミカン科の高木「黄檗」の内皮で染めた、鮮やかな黄
色。いまでも草木染めで、よく用いられる染料です。
防虫効果があり、写経用の紙を染めるのにも使われ
ていました。正倉院に伝わる黄紙や黄染紙も、黄檗
で染められたと考えられています。薬効もあり、漢方
では整腸剤「黄檗(おうばく)」として知られています。








posted by mikk at 18:54| Comment(0) | 文月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月31日

そらいろ − 空色




晴れわたった空の明るい青


ザブーンと打ち寄せる大波、小波の
「荒磯」です。
和菓子では、観世水や流水の水紋であったり
青海波の整然とした波であったりが多いのですが
こちらは、荒々しく猛々しい
浮世絵の高い波を思わせます。

どちらかといえば、穏やかな波が好みですが
このお菓子を見ていると
ただただ静かな波が続くより
ときに大波、小波、水しぶきとあったほうが
いいのかも、と思えてきます。

いかに波を乗り越えていくかに
人生の機微を見出せる気がするから。

とはいえ、それほど心に余裕があるわけでもなく
まだまだ波間で右往左往。
あっちに揺られ、こっちに揺られ
平常心を保てないのが常ですが。

その都度、目の前にある波を越え
ふと振り返った時に
楽しかったと思えるような
そんな日々を過ごせればと思います。




【空色】
晴れた空の色。水色より紫がかっています。色名と
しての歴史は古く、平安時代から使われていた色。
『源氏物語』にも、源氏が歌をしたためたのが、空の
色をした唐の紙。時代によって色も異なるのか、江
戸後期の空色は紫みの色、平安時代は薄墨色と
いう説も。天色を「そらいろ」と読む場合もあります。

posted by mikk at 23:26| Comment(8) | 文月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月25日

わかしょうぶ − 若菖蒲




淡紅に若さを見るかさね色


暑い日にいただきたくなるのは
こんなお菓子、「水中花」です。
水というより氷にとじこめたかのような
色づいた二つの餡。
淡紅と、緑にちかい青、この組み合わせが
かさねの色目の若菖蒲になります。

ひと色であらわす菖蒲色は、青みがかった紫の花の色。
ふた色のかさねの色目になると
緑がかった色で葉をあらわすことが多くなります。

菖蒲といえば端午の節句。
それに先駆けた四月から夏にかけてが
菖蒲にちなんだ色目の時季になります。
夏になるにしたがい
紅をさすことが多くなるのも趣深いところ。

色を一つひとつ知るのも楽しみですが
お菓子の銘から広がっていくことも多いもの。
水中花もあれば、酒中花もあって
冷えたシャンパンに浮かべたバラを思いました。
ですが、やはり和でいくなら
冷酒に菊の花か桃の花でしょう。




【若菖蒲】
菖蒲の若葉をあらわした淡紅と、緑みの青、ふた色に
よるかさねの色目です。それとは別に、青と淡青とす
る説もあります。菖蒲にちなんだ色目は数々あり、四・
五月頃の「菖蒲」、五月頃の「破菖蒲」や「菖蒲重」、
夏の「若菖蒲」「根菖蒲」と、色あいを変えていきます。

posted by mikk at 21:40| Comment(6) | 文月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月20日

みどりいろ − 緑色




涼風をよぶ青葉の色


暑さが続いていますが
いかがお過ごしでしょうか。
この時季には、夕涼みしながら
ビールに枝豆、「うちわ」があれば
それだけで、くつろげそうです。

緑といえば、新芽が浮かび
春の色と思いがちですが、季語からいえば夏。
生命力を感じさせる、青葉の色になります。

青田に、夏草、緑陰と
この時季らしい明るい緑は、目にするだけで涼やか。
ときには緑を眺めて散歩して、疲れたら木陰でうとうと。
うちわで風を送りあっても
幸せな気分になりそうです。

気がつけば楽しいときは
瞬く間に過ぎていき、また現実へ。
でも日常があるから、なおのこと
お休みが楽しく感じられるのでしょう。
のんびり心と体を休ませたら
また明日から、はじめましょう。




【緑色】
青葉のような明るい色。青と黄の中間色です。
緑色には濃淡さまざまあり、浅緑、中緑(なかの
みどり、深緑(こきみどり)、青みに傾く青緑など
もあります。緑を翠と記す場合があるのは、カワ
セミ(翡翠)の羽の色にちなむともされています。

posted by mikk at 13:42| Comment(8) | 文月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月31日

こおりいろ − 氷色




夏氷のように光沢ある白色


小石をぽんと落としたとき
水面に広がる波紋のような観世水。
動きのある意匠も涼しげな「水泉」です。

凍ったようにも見えるこの色は、氷色。
本来は冬の色になりますが
思い浮かんだのは
夏氷ともいう、かき氷のことです。

氷のかたまりをシャリシャリと削り
ふんわり盛った白雪の山。
さて、どのような色で染めましょう。

いちごに、抹茶、小豆など
その時々の気分で楽しみたいところです。
白に白をかさねた練乳がけも
よい色あわせだと思っていたら
それこそまさしく
かさねの色目にある<氷重>でした。

冴ゆる季節にその時季らしい色を
楽しむのもよいものですが
この暑さをしのぐ色にしても、よさそうです。




【氷色】
氷のような白い色。ひと色であらわすより、ふた色を
あわせた、かさねの色目で表現することが多い色で
す。氷に関するかさねの色目には<氷>と<氷重>
があり、前者は白と白。後者は、かすかに黄がかった
鳥ノ子色(とりのこいろ)と白をかさねた色になります。

posted by mikk at 20:49| Comment(6) | 文月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月27日

こはくいろ − 琥珀色




透きとおった樹脂の化石色


いまでこそ甘いものを
いただくようになりましたが
かつては、ほとんど口にすることがありませんでした。

どちらかといえば
グラスに注がれた琥珀色を光にかざし
色を楽しみ、香りを楽しみながら
静かにいただくほう。

それが、いつ頃からでしょう。
つんと喉にくる強い香りより
ほのかな甘みのある琥珀色へと
好みは変わってきました。

味覚の変化なのか、心境の変化なのか、体調の変化なのか。
セピアからアンバーへと写真の好みが変わるように
穏やかなときを好むようになってきたのも
なにかしら通じるところがあるのかもしれません。

かといって、甘さだけでは物足りず
欲をいえば、ちょっとしたアクセントも
あってほしいもの。

そのほどよさをそなえた「琥珀羹」です。
わずかな塩みを残す大徳寺納豆の
ふた粒がきいていました。




【琥珀色】
透明感のある黄みの茶褐色。樹脂が化石となったも
のを琥珀といい、それに似た色のことです。琥珀その
ものは、旧石器時代から世界で使われ、日本でも古く
から「くはく」「赤玉」と呼ばれる宝飾品の一種でした。
日本では、岩手県久慈地方で多く産出されています。
この色名は、近世以降に生まれたとする説もあります。

posted by mikk at 22:50| Comment(12) | 文月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月18日

あおに − 青丹




孔雀石より出でた岩緑青の色


仙台の広瀬川で7月1日より解禁された
アユ漁をあらわす「清流」です。

青丹という字から青みの色を思いがちですが
黄緑がかった色。
この川藻に近い色になります。

あをによし 奈良の都は 咲く花の
にほふが如く 今盛りなり

そう万葉集でうたわれた「あをに」も、青丹のこと。
青丹とは、孔雀石ともよばれるマラカイトから
つくられた岩緑青の色になります。

奈良の枕詞として用いられたのは
青丹がそのあたりで産出されたからとも
顔料にするために青丹を「馴らす」ことにちなんだからとも
言われています。

ですが、ここでは難しい話は抜きにして
広瀬川の流れを眺めるように
川藻とアユの涼やかさを
ゆっくり楽しむとしましょう。




【青丹】
くすんだ黄緑色。岩緑青の古名にあたります。
かさねの色目にも「青丹」があり、青の濃淡の
組み合わせで、四季を通じて着用されました。
ちなみに「丹」とは赤土のこと。青丹のほかに
も、黄丹(おうに)といった黄赤色があります。

posted by mikk at 18:14| Comment(14) | 文月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月09日

そひ − 纁




茜がかった淡い緋色


東京の浅草では七月九・十日がほおずき市。
こちら仙台に、市は立ちませんが
文月に実がなることから
「洛神珠」として並びました。

この名は、中国語でほおずきのことだとか。
ほおずきの名はほかにもあって
赤かがちともいいます。
赤かがちのような眼といえば
八岐大蛇(やまたのおろち)の眼を表わしてもいます。

子どものころ過ごした島根県石見地方では
お祭りの締めくくりといえば
石見神楽の「大蛇(おろち)」でした。

八岐大蛇を須佐之男命(すさのおのみこと)が
退治する物語なのですが
舞台に八頭の大蛇がとぐろを立てて並ぶさまは
悪役とはいえ、絢爛でさえありました。

その眼が、赤かがちのようだったのか
はなはだ記憶はあいまいです。
ほおずきの先を染める薄い赤みのように
思い出もおぼろげなのでした。




【纁】
淡い緋色、黄みのある赤色ともいえます。朱がか
った緋の系統は茜染め、赤みのある紅の系統は
紅花染め。色みの系統によって染料も変わってき
ます。ちなみに緋色は、茜で繰り返し染めた色。纁
に似た淡い緋色には、浅緋、洗朱などがあります。

posted by mikk at 23:03| Comment(8) | 文月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月07日

ちゅうき − 中黄




中庸をゆく黄色


月の人か、太陽の人か
と問われれば、間違いなく月の人。
自らが光を発するより
光に照らされるほうです。

さまざまな人の光を受けて
夜空の月となり、真昼の月となり
三日月、十六夜、更待月と
そのつど色や形がかわる気がします。

ではと、周りを見まわせば
友人たちは
月のように見えて、太陽の部分をもちあわせ
太陽のように見えて、月の部分をもちあわせている人たち。
自分と似通った部分と、そうではない部分と
そのバランスの妙に惹かれるのかもしれません。

青みに傾くか、赤みに傾くか
中庸でないところに味わいがあるもの。
そんな思いをめぐらせた
「ほたる」を照らす月の色です。




【中黄】
黄色の中でも、中間をいく明るい黄色。伝統色では
なく、印刷で使われる色であり、赤黄、青黄に対して
中黄となります。黄色は中国の五行思想でいえば、
方角に関係なく中心となる色。日本でも黄色は七世
紀ごろから使われていたようです。十世紀になると、
黄色のなかでも赤みのあるほうが上位とされました。

posted by mikk at 00:27| Comment(8) | 文月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
このページの上へ▲
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。