2008年09月12日

くちなしいろ − 支子色




もの言わぬ暖かみの黄


ぽっかり浮かぶ「秋月」を見ていると
いいことも、気になることも
まあるく収まる気がしてきます。

めいっぱい広がった丸から
ふと浮かんだのは、向田邦子さんの『字のない葉書』。
小学一年の末妹が疎開するとき
父親から自宅あての葉書を渡され
元気だったら丸を書いて送るようにと言われます。
まだ字を書けなかった妹から届く葉書は
最初は、はみだすほど大きな丸だったのに
だんだん小さな丸になっていくという話。

ひと筋の線で、くるりと丸を書くだけでも
その時々の心情があらわれるんですね。

ときに、言葉を尽くしても
もどかしい思いになることもあれば、
多くを語らなくても通じあうことがあります。

わかりあうために言葉はとても大切なものだけれど
大きくうなづくだけでいいときも
多い気がします。




【支子色】
かすかに赤みのさす濃い黄色。秋が深まったころ
熟す、くちなしの実で染めた色のことです。この実
は、熟しても口を開かないことから「口無し」と呼ば
れ、支子色のことを「言わぬ色」ともいいます。平安
のころ、皇太子が身につけた「黄丹(おうに)」の色
に似ていたことから、禁色にされたこともあります。

posted by mikk at 14:55| Comment(18) | 長月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
美しい月を観て、しあわせになりたいと思いました。
地球の環境が元にもどって、みんなが仲良く暮らせる…、
そんな幸せ感にひたりたいです^o^
Posted by たっくん at 2008年09月12日 22:44
*たっくんさん*
このところの天候を考えると
心配がつのります。
なにからはじめればいいのか
正解はないのかもしれないけれど
少しずつでも元にもどってくれるといいですね。
自然とも、人とも、調和することで
やすらぎは生まれるのかも。
Posted by mikk at 2008年09月13日 12:01
『字のない葉書』のお話、なんだかジンときました。
言葉がなくても伝わるもの、
言葉がないから伝わるもの、
そういうものを感じられる心をなくしたくないですね☆
最近もらった望遠鏡で月を眺めてみようかな・・
Posted by 豆奴 at 2008年09月14日 10:08
くちなしいろ…、なんて温かみのある色なん
でしょう。
そのすてきな色に染まった、真ん丸い十五夜の
ようなお菓子…
お菓子は言葉を発しませんが、ジ〜ッと見つめて
いると、何かを話しかけてくれているようです。
『字のない葉書』で、円が小さくなっていったと
いうお話し、胸がしめつけられるような気が
しました。
今宵の十五夜の月、大きく見えたらいいのですが…
Posted by 風恋 at 2008年09月14日 11:59
暖かみのある黄色、
心がほんわりする色ですね
今日の十五夜、ちょっと雲が多そう、、、
とりあえず、月見団子は食べましょ♪

そうそう、mikkさんとこの月見団子は○?細長い?
関西では、月見団子は細長い団子にあんこの帯を巻いたようなカタチです
よく絵にある、ススキに積んである丸い団子、ではないのです
これは、十五夜は芋名月なのでサトイモの格好なのだそうです

⇒こんな格好ですhttp://www.kanshundo.co.jp/sweet/aki/tukimi/index.htm
 京都・東山七条の甘春堂
(普通は白い団子にあんこ、ヨモギの方は甘春堂のオリジナルでしょうね)
Posted by さくらねこ at 2008年09月14日 18:45
*豆奴さん*
そうですね。
言葉がなくても伝わるもの
言葉がないから伝わるもの
少しでも敏感であれたらと思います。
なかなか難しいことですが。
望遠鏡で眺める月、どんな感じに見えるのでしょう。
「静かの海」とか「豊かの海」とか
月球儀にあるクレーターを
実際に見ることができたら素敵ですね。
Posted by mikk at 2008年09月14日 23:05
月見団子の話に夢中になって書き忘れてしまいました
「字のない葉書」、、、ジーンとくる内容ですね
だんだん丸が小さくなる、、、
子供にそんな思いをさせる時代が二度と来ないようにしないといけませんね
今の時代に生きる大人の使命のひとつのような気がします
Posted by さくらねこ at 2008年09月14日 23:20
*風恋さん*
いくつもあるお菓子のひとつに
ふと眼がとまるとき
話しかけられているような気がします。
そして、口に入れたときも。
こんな風味をしていたんだと、語りあっている感じです。
それはきっと菓子職人さんの思いが、なせる技なのでしょう。
『字のない葉書』は、ほんの数ページの短い話です。
意識しないうちに心の片隅に残っていること
ありますね。
Posted by mikk at 2008年09月14日 23:23
*さくらねこさん*
こちら仙台では雲間から一瞬
うっすらとした満月が見えました。
また新しい情報ありがとうございます。
細長いお月見団子は、はじめてです。
こちらはたいてい、まんまる。
島根では家庭によるのかもしれませんが
手作りするときは、まるくつくって指でぽんと押していました。
地域によって、こんなに違うものなんですね。
Posted by mikk at 2008年09月14日 23:29
*さくらねこさん*
丸から浮かんできた『字のない葉書』。
しんみりする話題だったかなと思っていたので
あらためてのコメント、ありがとうございます。
大人の使命をはたすには
まず身近なこと、小さなことから、なのでしょうね。
多様な価値観のなかで、どう生きるかを
より問われているように思います。
Posted by mikk at 2008年09月14日 23:55
満月! 見ることができましたね。
o(^0^o)o(^-^)o(o^0^)o 〜ENOKI〜
Posted by eno at 2008年09月15日 00:16
*enoさん*
おかげさまで、見ることができました。
ありがとうございます!
Posted by mikk at 2008年09月15日 16:40
晩夏と初秋が重なりつつやってきます。
まだまだ夏と思っているうちに、
朝に晩に霧の湧く日が多く、露の玉をつけた
蜘蛛の巣がにわかに増えることに驚きます。
九月の秋は、まだ紅葉や枯葉の秋ではなく、
萎えゆく緑葉の秋であり、
祖先たちが、“葉月”と呼びならわした時季は
ちょうど今頃だったに違いないでしょう。
緑の移ろいを見せつつ夏を越した葉が、
萎えつつも最後の盛り上がりを見せる九月、
まさに、葉騒(はざい)の時節です。

Posted by ター坊 at 2008年09月17日 11:57
*ター坊さん*
季語にも、美しい言葉が
いろいろありますね。
暦のうえでは、いまを長月としているものが多いでしょうが
旧暦で暮らしていたころの長月は、もう少し後。
いまごろが本来の葉月にあたります。
蜘蛛の巣といえば
画家の堀文子さんが霧吹きで水をかけ
しずくが描く世界に感嘆しておられたのを思い出します。
暮らしのなかで朝露、夜露を楽しめるのは
とてもよい環境ですね。
Posted by mikk at 2008年09月17日 15:06
物言わぬ花は香りで訴える

言葉より言いたい思い目の中に

うなづいて聞いてるようで聞いてない

いやなこと丸めてポイで週末だ
Posted by 日向子 at 2008年09月19日 20:01
*日向子さん*
どこからともなく漂う香りに
季節を知らされますね。
先日、かすかに金木犀の香りを感じました。
この香りの主を見つけられないことが多いのです。
そして、ドキッとするような句がふたつ。
思いは目に、日ごろのありようは姿に
語らずとも表れるのでしょうから
気をつけないと、ね。
Posted by mikk at 2008年09月20日 18:43
mikk様、お邪魔いたします。コメントをありがとうございました。
とうとう暦も秋に入りました、年末まですぐでしょうか。
萩の花は、そちらの方では なじみ なのですね。
秋は山が綺麗な季節ですから。また機会をみておとづれたく思います。
mikk様も、色 多く楽しめる 秋になりますよう。
Posted by ao at 2008年09月22日 00:57
*aoさん*
秋ですね。
月に、萩に、ここ最近は
夕日も見とれてしまうほど。
色が日ごとに移り変わっていきますね。
錦繍も待ち遠しいですね。
つい宮本輝さんの『錦繍』を思い出してしまいました。
山形の一場面からはじまりますが
東北の山々もよいですよ。
ぜひ、いつか。
Posted by mikk at 2008年09月23日 17:53
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